【会長のごあいさつ】経営史学会がめざすもの
経営史学会会長 橘川 武郎
2013年1月に阿部武司前学会長のあとを受けて、経営史学会会長に就任いたしました。1964年の経営史学会創立時の脇村義太郎会長から数えて、10人目の会長にあたります。現在834人という多数の会員を擁する本学会のいっそうの発展のために、微力ながら力を尽くす所存ですので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
経営史学は、企業経営の歴史を、結果よりも過程に注目して研究する学問です。隣接分野に経済史学がありますが、経済史学がどちらかと言うと分析対象とするプレーヤー間の共通性を見出すことに力を注ぐのに対して、経営史学はプレーヤーの主体的営為を重視し各々の個性に光を当てることに力点を置くという違いがあります。
社会科学の諸分野の中で比較的新しい学問である経営史学は、1929年の世界大恐慌前後にアメリカで誕生したことからもわかるように、現実社会の動向とつねに密接な関係をもってきました。第2次世界大戦後の世界的規模での企業経営の発展に歩調を合わせて経営史学は世界各地に広がり、まずは先発工業化諸国で、そして最近では新興国で、経営史学会の設立があいついでいます。
日本経済の高度成長のさなかに設立されたわが国の経営史学会は、世界各地の経営史学会や経営史研究者との交流をとくに重視してきました。富士コンファレンスの継続的な開催や英文学会誌であるJRBH(Japan Research in Business History)の刊行、日英・日仏・日独・日伊・日韓・日タイなどの2国間経営史国際会議の開催などは、それを象徴する事柄です。2012年8〜9月にはパリで開催されたヨーロッパ経営史学会の年次大会に、日本の経営史学会が共催者として参画し、日本から80名を超す研究者が参加して発表を行うなど、大会の成功に貢献しました。今後も、2014年の世界経営史会議準備大会(フランクフルト)、2015年の世界経済史学会大会(京都)、2016年の世界経営史会議第1回大会(ベルゲン)と、日本の経営史学会が積極的に参画、協賛する行事が目白押しです。
現実社会との関連についてみれば、2008年のリーマンショックを契機に発生した世界同時不況が長期化するなかで、資本主義のあり方そのものが問われるような状況が生じており、歴史的視点から現実社会に示唆を提供する経営史学への期待は高まっています。一般的に言って、特定の産業や企業が直面する深刻な問題を根底的に解決しようとするときには、どんなに「立派な理念」や「正しい理論」を掲げても、それを、その産業や企業がおかれた歴史的文脈(コンテクスト)のなかにあてはめて適用しなければ、効果をあげることができません。また、問題解決のためには多大なエネルギーを必要としますが、それが生み出される根拠となるのは、当該産業や当該企業が内包している発展のダイナミズムです。ただし、このダイナミズムは、多くの場合、潜在化しており、それを析出するためには、その産業や企業の長期間にわたる変遷を濃密に観察することから出発しなければなりません。観察から出発して発展のダイナミズムを把握することができれば、それに準拠して問題解決に必要なエネルギーを獲得する道筋がみえてきます。そしてさらには、そのエネルギーをコンテクストにあてはめ、適切な理念や理論と結びつけて、問題解決を現実化することも可能です。産業や企業の長期間にわたる変遷を濃密に観察する学問である経営史学への期待が高まっているのは、このような事情からです。
経営史学会の阿部前会長は、@研究の国際化の促進、A情報化の推進、B若い世代への発信、という3つの重点的方針を掲げ、着実に成果をあげてきました。私もその路線を継承し努力して参りますが、ここでは「経営史学会がめざすもの」として、3つのキーワードをあげておきたいと思います。
第1は、「学問の風」を吹かすことです。経営史学会は、これまでもダブルブラインド制による学会誌投稿論文の審査、経営史学会賞を通じた若手の優秀な研究業績の顕彰、全国各地での学会部会の開催、ホームページを利用した研究関連情報の交流などを通じて、「学問の風」を吹かすことに注力してきましたが、今後はさらにそれを強めなければなりません。世界各地で開催される経営史学関連の学会に本学会会員が積極的に参加して、量的な意味だけでなく質的な意味でも貢献することが求められています。
第2は、「社会との交信」を重視することです。世界経済が混迷を深めるなかで想起されるのは、「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という格言です。経営史学への期待は高まっています。経営史研究者は、社会からの受信の感度を高め、鋭利に課題を設定しなければなりません。そしてできれば、その課題と格闘して得られた含意を社会へ向けて発信し、多くの人々に示唆を提供することが望まれます。その際、的確な歴史観、大局観を示すことが、歴史家としての経営史研究者の使命と言えるでしょう。
第3は、「自由闊達」に学会活動を展開することです。経営史学会の事情に詳しい編集者等の外部の関係者で、「これほど自由な雰囲気をもった学会は珍しい」と言われる方は少なくありません。この組織文化を、大切にしなければなりません。「自由闊達」であることは、「学問の風」を吹かすうえでのイの一番の条件です。ただし、それを維持、強化するには不断の努力が求められます。「自由闊達」な文化を失わせる権威主義の横行やハラスメントの発生に対しては、断固とした姿勢で対抗しなければなりません。
経営史学会は、2014年に設立50周年を迎えます。本学会では、それを記念して、経営史学の成果と課題を掘り下げる2冊の書物の刊行を予定しています。また、2013年の龍谷大学での第49回大会、および2015年の文京学院大学での第50回大会を記念大会と位置づけ、特別な準備を進めています。経営史学会の会員の皆様はもとより、非会員の方々のご支援も得て、経営史学の発展のために全力を注いで参ります。どうぞよろしくお願い申し上げます。
2013年元旦 経営史学会会長 橘川 武郎
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